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秋の興居島-その1(船踊り) 秋の興居島-その2(民宿「ふじや」) 秋の興居島-その3(観音寺) 興居島みかん狩り-その1 興居島みかん狩り-その2 興居島みかん狩り-その3 興居島みかん狩り-その4 |
興居島の無形民族文化財「船踊り」は、毎年10月の第1土曜日に、船越の和気比売神社の前で開催される。その機会を逃して残念がっていたら、Oさんから11月の由良地区の芸能祭に特別出演すると聞いて、早速お邪魔しようということになった。興居島への渡航は今年4度目になる。いつものように、朝日にキラキラと輝く伊予灘の海面と、真っ青に晴れ上がった秋空の間を、「あいらんど」号は我々を丁寧にお送り届けてくれる。
先日、立ち往生して置いてきぼりにされたOさんの軽自動車が、山の中腹のどこかに写っているのだが・・・
「船踊り」が終わると昼食の休憩に入った。ごった返す会場で、出演者に記念撮影をお願いしようと跡を追いかけ、会場の隣にある市役所の分室の着替え室に押しかけ、下の写真と相成った。小富士文化保存会の会長さんにも、「船踊り」に関わる様々なお話を伺った。過去の3度の興居島は、どこか永い眠りについているような感じがしたものだ。ところがどっこい、今回の興居島は遠い昔の「伊予水軍」のエネルギーが、再び吹き出してきて、わくわくするような島になっていた。
勇壮な太鼓の響きを耳に残したまま由良小学校を後にして海岸通りに出ると、入り江の向こうに小富士山が優美な姿を見せている。この島の2軒の食堂のうちの1軒である民宿は、すぐ傍にあっていつでもこの素晴らしい景色を堪能できる。先程、「後で寄ります」といっておいたからか、今は「ふじや」の暖簾が風に揺れている。
中に入ると、すでに地元の2・3人のお年を召した方が、缶ビールを前にして席に着いておられる。注文をとってくれたおばあちゃんに、我々がこのお店にたどり着いた、これまでの「同好会」からの因縁を話しているうちに、先客の人たちも中に入って、話がだんだん弾んでくる。そうなると、急に喉が乾いてきてビールが欲しくなり、店内は次第に宴会の様相を呈してくる。
お店の人、先客の人と盛り上がってきた時、そこに一人の若者が入ってきた。どこかで見た顔だなと思っていたら何のことはない、さっきの「船踊り」で大太鼓に見事な撥さばきを見せて、舞台の踊りを演出していたその人ではないか。聞けばこのお店のご主人で、市役所の分室に勤める傍ら、小富士文化保存会の幹部という。そうなると、場は益々盛り上がりを見せてくる。事のついでに、太鼓を打ち鳴らしながら口にするというお囃子まで教えてもらった。 やがてお別れの時間が来た。お店を出ると、軟らかい秋の陽光が辺りを包み込んで、ほろ酔い加減の体と、島の人たちの暖かい人情にたっぷりと浸った心は、空に浮いたように心地いい。 「ふじや」の看板娘と看板おばあちゃん 民宿「ふじや」をおいとまして、興居島の島四国一番札所である「観音寺」を目指す。といっても、「ふじや」から歩いて5分とかからない。由良の船着場から見ると、由良小学校や「ふじや」は左手にあり、「観音寺」は右手の山の中腹にある。途中Oさんの生家を訪ねたりしながら、のんびりとした足取りで、「観音寺」の山門の前にたどり着く。
かなり勾配のきつい石段を登ると、正面にりっぱな本堂がある。急峻な山腹に立てられているので、奥行きは狭いがけっこう横幅があって、左には大師堂、右には住職のお住まいと、境内はかなりの広さである。
師堂の前に小さな祠があって、「第一番 霊山寺」という札がかかっている。この島の八十八カ所巡りは、約200年前の歴史を持ち、毎年4月20・21日に行われる縁日には、島の人たちが食べ物などで巡礼者をもてなしてくれる。( 全行程は約30kmで所要時間は約10時間程度)お参りをする前にご住職にお会いして、いつかゆっくりと島四国のお話を聞かせていただきたいとお願いをすると、突然のぶしつけな訪問にもかかわらず、「結構ですよ」と気さくな笑顔で、応えてくださった。
本堂に戻って後ろを振り返ると、「ふじや」とは異なった趣をした小富士山が、きらきらと輝く海面に浮かんでいる。
これまでと違って、今回の訪問は「船踊り」「ふなや」「観音寺」と、島の人たちの暖かい心根に直接触れさせていただくことができ、この島の魅力がますます膨らんできたように思える。
昨日の冷たい雨が、嘘のような素晴らしい冬晴れの朝だ。楽しみにしていた興居島のみかん狩りには、絶好の天候となった。いつもより早く目を覚まし、部屋の中にじっとしていられずに、飛び出してきたのはいいが、由良行きのフェリーの出航までには、まだ40分以上ある。高浜港の駐車場に車を止めて、透き通るような冬空の下で、朝日に輝いている興居島に、「おはよう」の挨拶をする。車の外に出ると頬をなでる風はやはり冷たいが、行きかう船舶ののどかな動きは、既に春の近いことを感じさせる。小富士山もターナー島も、いつもの佇まいで迎えてくれている。
由良の港に着くと、迎えに来てくださったOさんは、いきなり紹介する人が居るといって、今乗ってきた小富士汽船の社長さんを紹介してくれた。どうやら、われらが「興居島愛好会」の事務局長になっていただくことを、ご了解いただいているようだ。昨年の夏以来、われら4人は同会の発足に向けていろいろ画策してきた。待ちに待ったホームページの立ち上げにあわせて、組織の方もこうして一歩一歩形が出来つつある。Y社長は、すでにそのホームページに目を通されたご様子で、間違い箇所まで指摘していただいた。こうして由良の船着場の路上での運命的な出会いを果たし、しばらくの間これからの展開についてお話をした後、われら一行は今回の興居島訪問の次の目的地に向かった。 小富士汽船のY社長と別れた後、昨年の11月の「船踊り」の時にお世話になった「ふじや」さんに、ご挨拶をしてからOさんの山荘に行くことにした。今回も暖簾は出ていなかったが、看板おばあちゃんがひとりで留守番をしておられて、前回のお礼を言い、今後の我々の企みをお話して、「ふじや」さんを後にした。
由良地区の文化祭の会場となった小学校の体育館の横道を山に向かって入っていく。聞くところによると、生徒数の減少で近いうちにこの小学校も閉鎖され、船越の中学校に統合されるらしい。その跡地を島の活性化事業に生かせないかと、現在関係者が腐心しているとも聞く。島の過疎化・高齢化が、一段と加速しているようだ。島の人間ならずとも、なんともやるせない思いが募る。ましてや、Oさんのように、この島で生まれ育った人にしてみれば、世の中の流れとはいえ耐え難いことであろう。
小学校を過ぎると、道は直ぐに上り坂になり次第に高度を上げていく。島全体に燦燦と降り注ぐ陽光は、次第に暖かさを増して、いつの間にかさっきまでの淋しい話を忘れさせる。高戸山の麓まで来て振り返ると、またまたあの勇壮な風景が眼前に広がり心を打ち震わす。しばし、車を止めて、誰にともなく「また、来たよ」とひとりつぶやき、南東の高浜港・三津浜港、そしてその奥にかすむ山々、さらに東の中島・睦月島などの島々に見入っていた。 前回、Oさんの山荘にお邪魔したのは、昨年の夏だった。そのときも同じこの4人で、島の魅力について語り合い、そのいくつかを自分たちの目で確かめて回った。あれからもう、半年が過ぎている。早めの昼食をとりながら、開設間近い島のホームページのことや、愛好会組織のことを熱く語り合い、あの時のあの企てが、ゆっくりとではあるが着実に前に進んでいっていることを確認した。
昼食を終えて一服し、いよいよみかん摘みの準備にとりかかる。自分の物見遊山の服装に、少々あきれた顔をしながら、Oさんが作業着と麦藁帽子を貸してくれた。それに袖を通し、軍手やはさみを受け取って、いざ出陣と相成った。 山荘のすぐ裏山一帯がOさんの伊予柑畑である。かなりの傾斜を、運搬用のモノレールの後を追って登っていくと、あっという間に鈴なりの畑に到着する。モノレールの線路は雨水の水路もかねているが、その水路の中にも、そこいらじゅうに蜜柑が落ちていて、なんだか勿体無い気がする。本来ならこの時期には、すべて収穫が終わっていなければならないが、人手不足のため収穫が遅れていて、既に落果し始めているようだ。
さっそく、プラスチックの大きなバケツのような籠をもって畑の中にはいる。その籠がいっぱいになれば、線路に戻って箱に移し変えるという段取りである。文字通り鈴なり状態であるから、籠が大きくても直ぐにいっぱいになる。ヒヨドリやメジロの群れが、既に畑じゅうを占領していて、熟しきった蜜柑を啄ばみ、おしゃべりをしながら時折、突然の侵入者たちを眺めている。
ヒヨドリの 群れに謝り みかん摘み 手を休めて周りを見渡すと、北東のかなたには中島本島が悠然と瀬戸の海に横たわっている。
みかん摘み ひと籠ごとに 眺めおり 北西の空には、蜜柑畑に囲まれた高戸山がまじかに聳えている。 メジロ啼き 蜜柑が包む 高戸山 さわやかな微風が、汗ばんだ体をすり抜けていく。遠い昔に体験し味わったことのある、自分という存在が自然の中に完全に融け込んでしまったような、あの自然との一体感がよみがえってくる。その中で、摘みたての伊予柑を頬張ると、独特の甘味と酸味と香りが口の中いっぱいに広がり、いっそう恍惚として脳神経を麻痺させるかのようだ。 わずか2~3時間の間に24箱もの蜜柑を採取したが、畑にはまだまだ残っている。というより、残りを全部収穫するには、この4人で朝から晩まで働いても、まだ一日以上かかりそうである。仕方なく適当なところで打ち切って下に降り、収穫した蜜柑の選別作業にかかる。
大して役にも立っていないのに、見栄えのいいものを選別して、好きなだけ持ち帰るように、Oさんから言っていただいた。そしてその結果は、下の写真のようなことに相成った。(これは自分ひとり分で、後のお二人分は、Oさんの軽トラに乗っている。)
フェリーの出航時間までに間が合ったので、山荘に戻ってコーヒーを飲みながら、今日の作業を振り返り談笑する。御三方は俳句をやっておられるので、それぞれ作業中に頭に浮かんだ句を披露しあったりして、楽しい時間をすごし山荘に別れを告げた。 帰りのフェリーに乗り込み後ろを振り返ると、島は「またおいで」と見送ってくれているようだ。「今日一日のこの素晴らしい時間をありがとう」と感謝し、視線を西に向けると、傾いた太陽が小富士山に濃い影をつくり、光のあたる海面を一層あでやかにきらきらと輝かせていた。
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